酉さんのにっき

酉年生まれがにっき的ななにかを綴ります。

そういえば社会人になって4年半が経っていた

まあ、タイトルのままなんですけども。

はてなブログは4年ですね。おめでとうございます。

 

で、4年半経って自分が変わったこととか忘れないように書いて残しておこうかなと思います(なんせとりあたまなので忘れるんです)

 

  1. ずっとしたかった一人暮らし
  2. 仕事のこと
  3. 恋愛について
  4. で、これからどうするか

 

1. ずっとしたかった一人暮らし

これは以前記事にした事がありました。

 

berryveryhappy.hatenablog.com

 なんで一人暮らしがしたかったかといえば単純に家がいやだったからだ。

あとは親同士の不仲もあるし、私がまだ学生を4年間続けたら両親が離婚できない事も分かっていたから。

大学に行くにも奨学金を借りなきゃ絶対に行けない。奨学金を借りてまで行きたい学びたい事はなかったし社会人1年目から奨学金を返せる当てなんてなかった。

だから自分のお金で奨学金を借りずに大学の学費を払えるようになるまで、ちゃんと自分で稼げるようにならなきゃ、と必死に働いた(と思う)

もちろん順風満帆ではなかったし今もかなりぎりぎりの生活だけど笑、でもあの経験はまだ若かったからできたことなので、そして役職が上がってお給料も増えたしなにより社宅を出て本当に一人暮らしが出来るようになったのでよかったと思う。

でも私がこうして生きていられるのも、稼げるのも、ご飯が食べられるのも、大学に行けるのも、多少無理をしてもへこたれない体やストレスに強い頭や精神があるからで、更にいえばこうして生活できるのは自分に仕事があるからなわけで、日々仕事をしていると嫌な事ばっかり、とか自分は不運だ、とネガティブになるけど、総合的にスコアリングすると自分はついていると思う。改めて考えると。

DeNAの南場さんが書いた「不格好経営」の中から「正しい選択をする事はもちろん大切だが、自分が選んだ選択を正しく行うことも大切」と書いてあって(手元にないのでうろ覚えだがこんな趣旨)とても腹落ちした。

でも、もっといえば自分で選択を選べない場合もあって、というかそもそも選択肢がある事に気づけない場合の方が多くて。過去を振り返ると「あの時、あの選択をしてよかった」となる場合がたくさんあると思うんです。

そういう風に考えられるようになった事は、この4年半で変わったことだなあと思っています。

2. 仕事のこと

高校生の頃のアルバイトを含めると働き始めてから7年以上も経っている事に気づく。あの時は近場で時給がいいこと、調理場なら学校での学びも活かせそうと思って決めたけれど、本当にあのお店が初めてのバイトでよかったと心から思う。結局調理場ではなく3年間接客だったけれど、もし調理場だったら私はすぐに仕事をやめていたかもしれないし、辞めていなくても社会人になった時に調理場の仕事がきつすぎて辞めていたかもしれない。それだけ飲食の仕事は利益が出ないし長時間労働で重労働だと思う。この業界の離職率が半端ないのは利益を出せない構造にあると思うけど、これは長くなるのでまた今度気が向いたら書きたいトピックです。

アルバイトを始めて1ヶ月は本当に仕事がいやで辞めようと思っていた。なんですぐ辞めなかったか、と言われれば、店長に「1ヶ月で辞めたら着物や小物の補填をしてもらう場合があります」と脅されたからだ笑。私は当時15歳。今なら冗談半分である事はわかるけれど、当時は本気で受け取ったので「1ヶ月は辞められない....。」とマジで思っていた。で、1ヶ月経ったらなんだか吹っ切れたのと、やっぱり時給が良くて他にアルバイトを探すのも面倒になったこと、最年少でめちゃくちゃかわいがってもらって辞めるという選択肢はきれいさっぱりなくなったことがある。我ながらゲンキンなやつだな笑。でもその後店長が変わってゴタゴタしたり子供ながらに大人の汚い部分を見て嫌な気持ちになり他にバイトを探したり始めてみたりもしたけど、なんだかんだで高校卒業まで約3年間いたし、だいぶ稼がせてもらった笑。

高校3年の時、進路は接客の仕事をすると決めていたので(というか高校受験の時点で飲食に行く事は決めていたので、調理→接客に変わっただけ)面接でのアピールのためと、最初のお店がいやになっていたのでもう1つバイトを掛け持ちし始めた。このバイトも本当に始めてよかったと思う。

同じ接客業といえ、お店が違えば客層も違う。仕事の仕方も求めるレベルもスピードも全然違うのだ(もちろん時給も200円違った笑)あんまり詳しく書くと個人を特定できてしまうかもなので書かないけれど、1店目はゆっくり丁寧な仕事、とびきりスペシャルな日に行くお店、2店目はどちらかといえばファミリーでちょっと豪勢に行くか!といった雰囲気でスピーディーでチームプレーで回していく仕事だった。何しろバイト同士の年齢も近いし良い意味で学校っぽかった。どっちの店長もいい加減(ほめてる)で学ぶことが多かったと思う。もちろんバイトさんから学ぶ事もたくさんあった。まあ、今ならもっと学べたかもしれないし、もしかしたらたいした事ないなって思うかもしれない()し分からないけど、高校3年間のアルバイト経験でかなり私の性格も変わったと思うのだ。こうして私は高校を卒業した。

そして就職をした。私は11年卒なのでここ最近では一番求人倍率の低い年に就職したので、目星を付けていた企業からは軒並み求人が来なかった笑。そのかわり、その年に始めて学校に求人が来た企業に面接をしに行った。それが今も続けている会社なわけで、縁というか本当に運が良かったと思う。

今の会社に決めた理由は3つ。1. 寮がある。2. 若くても店長になれる(要やる気笑。)要するに役職あげますよ、ということ。そして3. 支給額が基本給100%であること。

高校卒業してすぐに働こうと思っている人(いるか分からないけど)は、基本給が支給額の何%しめるかをきちんとチェックするべし、これは本当に大切な事です。基本的に就職は大卒よりも高卒の方が難易度は低い。大卒がESを100通出すのに比べて高卒はほぼ先生が卒業までお膳立てしてサポートしてくれるし、複数の企業にエントリーする事は出来ないはずなので1社づつ面接に行くのだ。学生がすべきことは自分のアピール、ようは面接対策をしっかりしておけば間違いない。面接対策をしない人の難易度は高いに決まっている。ただし企業研究が少々的外れでも、若いから、とかやる気がありそう、とかコントロールしやすそうとか色んな理由でとってもらえる。

難易度は低いけれども、離職率が高い理由は他にある。それは離職者の多い企業からの求人が多いからで、ホワイトと言われるような職種の求人も少ない(ないとは言っていない)。体感では自分の選べる求人の9割はサービス業な気がした。工業科とかは大企業からも求人が来ていたような?自分は違うんで知らないけど。

話がそれたけれど、理由が3つそろったので今の会社に決めて、なんとか内定をもらう事が出来た。

就職して3ヶ月は研修というかいきなり現場にぶち込まれたけど笑、若さでそれはカバーをして、次の店舗に異動し、部門の責任者になった(役職なし)。この頃が社会人で一番楽しくワークライフバランスをめちゃくちゃ良かった。まず残業はほぼなし、というか仕事をさっさと片づけてとっとと帰ってた笑。でも利益率も生産性も過去最高によかったので誰も文句言えなかったんだと思う。その代わりに残業代も深夜手当もないので給料はすこぶる低いけど。

1年間責任者をしてから、店舗の店長代行になった(役職なし)。類義語に副店長ってのがありますね。この時、寮から社宅に引っ越したのだが、なんと「社宅の半分は店舗持ちだから残業代はつけるな」というありがたいお言葉()をもらい、この日を境に残業地獄+休日出勤地獄に陥る笑。本当に残業が長い日は半分くらいに申請していたけれど基本的には2〜3時間ならすべてカット、この時の残業手当は1/3程度しかつけていないのでその程度しか受け取ってないし、記録も取っていないので今更申請も出来ないけど、このありがたいお言葉は絶対に忘れないインパクトがあった笑。そしてここに書いているのでこんなこともあったなあと思い出せるかも。企業の方は(特に役職が高い人)安易な発言は、誰でも発信できるようになってますので気をつけてくださいね♡ 女の人は根に持ちますよ♡

まあ、この長時間労働で得たものもあったと思う。まずは人には限界がある事(当たり前)。みんながみんな、自分みたいに働けない事。自分と他人はモチベーションが違えば仕事に求める事も違う事。そして自分一人では大した仕事なんて出来ない事。

いままで、はっきり言って楽な立場にいた事を初めて認識したと思う。面倒な事や人間関係のゴタゴタに首を突っ込まず、どちらかといえば要領よく逃げ回ってきた人間にとって、色んな人を1つにまとめていくことってこんな大変なんだ、と思った。私は学生時代もリーダー役になる事が多かったけれど、そんなもん比じゃないな、と。だって学生なんてレベルも分かっているし最終的に先生がどうにかしてくれるじゃないか。でも今度はバックグラウンドも違えばモチベーションも違う人たち。レベルも認識もバラバラで、嫌な事を避けてきた自分の無力さをまざまざと思い知った1年であった。

でもまあ不思議なもんで、1年やるとこんな自分にもついてきてくれる人やなんだかんだ手伝ってくれる人たちがいるんです。いまは、ほんとに、その人たちに救われたと思います。あの時は言えなかったけれど、ありがとうございました。

そして、自分の人件費がかなりがっぽり浮いたために利益が出るようになっていました。継続的に利益が出るようになったのは初めてだったそうな。それでいいのかよ。

そういうことで、私は異動して店長になりました。ここで初めて役職がつきました。20歳になりました。

役職がついてから、会社で離職率が高いとか残業しているのに残業代をつけていない人がいるとか(つけるなって言われたけど?)色々うんぬんかんぬんあり、残業は45時間以内、削らないこと、人がいないならヘルプ出す(ヘルプ出せる店舗なんてあるの?)、とか当たり前の事を言われるようになりました。

本当の()店長になって、労働環境も少しはマシになって、やっと売上を上げるための企画、根本的な利益率の改善(これまでは自分の残業で人件費浮かせてただけでしたから)、人員教育にリソースをさけるようになりました。ほんと、仕事って一人じゃ何にも出来ないし、言われてやらされる仕事って意味ないです。自分の頭で考えることってほんとに大事。

まあ、今は店長を辞めて工場で研修中なのですが...。異動した今の部署では強烈に思う事があります。この仕事をだれのためにやっているのか、見えてない人がいっぱいいるなあ、と。

確かに、ひたすら単純作業で長い事も理解できます。でも、あなたのほんとの顧客は誰?リーダー?部長?社長?違うでしょ、と言いたい。で、これは末端の平社員や派遣社員やアルバイトだけの問題なわけではなく、むしろリーダーから上の人たちの意識に最終顧客が入っていない。だから人が辞めていくんです。人は歯車じゃないし機械のいちパーツでもない、その事意識してますか?と。

この会社に入ってよかった、とは思っています。もっといえば、店舗の店長になって本当に良かった。自分の適正に合っていたと思うし、ストレス耐性もついた。しかし、この部署で、1年は無理かも、と思います。

異動する前に言われた事があります。工場なんてレベル低いよ、と。今までの仕事ぶりを見て、こう言ったのでしょう。私も覚悟して異動しました、自分の求める理想が高いことも、この4年で分かっていたし。せっかくもらった内定を断って、今までやってきた事、そして今学校で学んでいる事を使ってもっと大きな仕事がしたい、と思ったからです。満足したら辞めようと、でも想像以上でした。まさかこんな意識の低い仕事場があるのかと驚きました。まあ、これは完全に愚痴ですね...。

さっきかいた通り、「自分の選んだ選択を正しく行う」ことが私のモットーでありポリシーなので、自分が壊れない程度に自分なりの仕事をしようと思いますが。

 

ちょっと長くなり過ぎ、仕事にたいして熱くなり過ぎですね笑。

3. と4. はまた今度にする事にします。

 

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